さまざまな意味で厳しい社会環境ではありますが、青年会議所運動とは決して各自の快適な生活と相反するものでは無いですし、そのようになってはいけません。「真に豊かな環境」を創り出す青年会議所運動でなくてはいけません。
 それでは、われわれは一体何に習志野青年会議所に魅力を感じて、何の為に青年会議所運動をしているのでしょうか?その明確な答えとなる青年会議所の会員であることの目的を持つ事こそが会員各自と社会を繁栄させることの大原則であると私は確信をしております。
 青年会議所の運営基準となるものは、さまざまな考え方を受け入れながらも最大限に個々の能力を発展させることが可能な環境を創り出すものであります。「可能な」ということは、やる気があればいくらでもできるがやる気が無ければ何もしなくても済むということでもあります。あくまでも自発性によって、明確な目的を持ち、考え方の交流を行うことが各自や社会の発展を大いに促進する手段であることを青年会議所の運営基準は示唆してるのではないでしょうか?
 そして、それぞれに限りがある人生と同様に40歳までという限りのある青年会議所において自分の中に、そして自分の回りにどれだけのものを生み出すことができるかが自分の価値を決定します。あえて、40歳までという制限を設けたのにもそれまでにしなくてはならないことやそれまでにしかできないことを追求し、実行していくのだということを意味しています。
 青年会議所という団体の本質を知り、我々と我々を取り巻く社会のために習志野青年会議所という団体がどういう方向に働きかけていくべきかを常に考え、実行し、そしてまた考えるという繰り返しが、会員である我々と習志野青年会議所を成長させていきます。またその中で、青年会議所の会員であり習志野青年会議所の会員である我々は自らと取り巻く社会を良くしていくために多くの人達に働きかけるための強力なリーダーシップが必要とされます。会社や家庭で、また青年会議所のような団体の中でどのようなリーダーの基に存在したときに自分が一生懸命行動をするのかを逆に考えてみた時に自分のリーダーとなるべきときの姿が発見されることでしょう。すべての理想とされるリーダーに共通して言えることは、その基に集う人達の心を動かしている存在であるということに違いありません。習志野青年会議所という団体がそのようなリーダーの集う場所であり続けたのなら、きっとメンバー自身やそれを取り巻く人達、そして地域に「真に豊かな環境」を創り出す団体となりうるばかりか、広域的地域にも影響を与えることのできる可能性も充分にもったものとなります。人の心を動かす事のできる集団であるならば、きっと望むべく環境を切り拓いていけるはずです。


1.まちづくり、国づくりにおける総合的人材の育成運動

 青年会議所運動の目的ともされる「まちづくり」とはそこに存在する人々にとって「快適な生活」をもたらす行動というところでは全てが一致したものとなりますが、一時的なものから、恒久的なものまで、そしていろんな分野で行われる「まちづくり」があります。このように一言で「まちづくり」と言ってもさまざまな方向と大小異なる労力が必要とされるものがあるわけですけれども、青年会議所としては「まちづくり」の精神が人の中に蓄積されるような大きな意義のある「まちづくり」に携わって行くべきであろうと考えております。
 また、習志野青年会議所が「まちづくり」をしていく中では、習志野という地域をさまざまな角度から知り、バランスの取れた働きかけをしなければ「快適な生活環境」の実現はできません。真のリーダーとなるためにこのような広い知識とバランス感覚が必要とされるのと同時に「まちづくり」をするためにはそのようなリーダーが必要とされます。
 そして、習志野青年会議所は真のリーダーとして総合的能力をもつ人材を輩出する団体でありたいと思います。人の心の中に蓄積された精神が本物であれば、その精神がより大きなものになることはあっても、消滅することはありません。習志野青年会議所がそのような人材を常に輩出することが「まちづくり」を促進することに繋がるものと考えています。
 我々が生活をする習志野という地域と日本という国は当然のことながら連動をしてい
ます。日本という国全体が地域主権の流れにある中、地域から発信されるものが益々重要視され、国全体を変革する可能性も大きくある時代に移行してきています。また、権力的にも大きな国家・小さな地方から小さな国家・大きな地方への移行が加速される時代になりつつあります。今の日本の情勢から仕方なくそうなりつつある部分もあるでしょうが、民主主義の本来の姿に成りつつあるのだとも思われます。このような時代背景の中での「まちづくり」は「国づくり」に直結する部分も大きくなってきているわけですから、必然的に国家全体の流れを汲みながらの「まちづくり」をしていかなくてはいけません。
 習志野青年会議所が真に意義のある団体としてあるために、これらの縦横の流れを捉えての「まちづくり」に運動をする集団となり、多くの「まちづくり」をする人材の輩出をすること。それこそが真の「まちづくり」となり、そのような循環がやがて国と地域と習志野青年会議所の発展に繋がることになると思います。


2.ネットワーク循環意識の高揚

 なにかしらの行動展開を成すときに、それが一方向的なものであればそこで完結してしまい、それ以上のものとはなり得ません。どれだけ大きな労力を使ったとしてもこれは所詮よく言われる「活動」というものであり、自己満足に終始してしまうことになります。また、これとは違った「運動」というものを青年会議所の会員である我々は行うこととしているわけであり、「まちづくり」をする団体が「活動」ではなく「運動」をするということは言うまでもないことであります。
 
「運動」をするわけですから、多方向に働きかける行動をするのは当然のことですが、それが恒久的に円滑に行われることがより大きな効果を生み出すことにもなります。そしてまた、ネットワークを循環するような運動展開をすることができれば、さらに大きな効果を生み出すものとなります。これは一朝一夕にできることではありませんし、「まちづくり」という点でのネットワークの構築だけをとってみても単年度制である青年会議所で行うことは難しいことかもしれませんが、このような意識をもつことが青年会議所事業の意義を高めることとなり、青年会議所から離れたところでも「まちづくり」をする人材の能力を高めることにもなります。当然のことながら青年会議所を卒業すれば「まちづくり」は終わりではありませんので、習志野青年会議所での在籍時に高めた意識が生涯持続しなければ意味がありません。
 
「まちづくり」運動の効果を促進するネットワークの循環と各人が生涯に亘って「まちづくり」の運動をするための意識の高揚を図った事業展開をさらなるものとして習志野青年会議所の運営に生かしていきたいと思います。


3.習志野青年会議所の発展促進運動

 習志野青年会議所の運営は「まちづくり」と「会員の能力開発」と団体としての「習志野青年会議所の発展」が一連になるようなものでありたいと思います。つまり、習志野青年会議所という団体が発展をすることが、地域や各人にとってより有益な価値を創造することにも繋がるということになります。また。会員にとって魅力のある、周りのの人達にとっても魅力を感じる団体ともなることは、会員拡大をはじめとする習志野青年会議所の発展をもたらすこととなります。
 
我々は、ただ単純に青年会議所のために青年会議所の会員として行動しているわけではありませんが、日本国民や習志野市民であることと同じように習志野青年会議所の会員であることに誇りをもつことはその団体や地域に大きなエネルギーを生み出すばかりか、その誇りに思う事による行動が自らをも成長させます。このように正方向に循環をする習志野青年会議所の発展を促進する運動もまたそれぞれの事業の中で考えていくことが個人と団体と地域を大きく飛躍させるために必要不可欠な要素になるのです。