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![]() 「このままで本当に良いのだろうか。何か忘れていないだろうか。」
このように感じたことはありませんか。今のこの日本の自由や豊かさのなかで何か忘れてしまったことがあるのではないでしょうか。市民一人ひとりの地域への無関心や誰がやっても同じという無責任な状態は、なお一層強まってきていると感じます。 礼儀作法が重んじられ、海外からも高い評価を受けてきた日本の伝統や精神文化は、今や急速に衰退してきてしまったのではないでしょうか。 そのような現状を打破するための第一歩が、我々の祖先が築きあげてきてくれた古き良き日本の伝統文化を見つめなおし、高潔な日本に回帰することであると確信しております。 上記を実現するための大きな柱となるのが、品格を確立することです。今の日本に誇りを持っている国民はどれくらいいるでしょうか。決して満足している国民ばかりではないと思います。それは何が原因なのでしょうか。今の政治でしょうか。それとも混迷する経済にあるのでしょうか。そういうこともあるかもしれませんが、原因の一つは我々自身にもあるのではないでしょうか。かつての日本人は自分達の国に誇りを持っていました。それは国を思い、家族を思い、先祖を慮(おもんばか)る心を持っていたからです。他人に依存するばかりではなく、ましてやあきらめるばかりではなく、自分自身の品格を確立しなければ今の日本、さらには習志野に対してでさえ自信を持ったまちづくりはできないでしょう。日本人としての誇りとプライドをまず取り戻さなければなりません。自分の国を理解し、今一度自分自身を見つめなおし、今自分の置かれている状況を理解し、咀嚼(そしゃく)することにより、自分自身を理解することができ、これからのJC運動の方向性が見えてくると思います。 自分達のまちは自分達でつくらなければなりません。積極果敢に社会改革運動を実践できる人間である"社会起業家"となるため、日本人としての品格を今一度取り戻すこと、それこそが我々がしなければならない第一歩と考えております。そして品格を確立し、その品格を胸に抱いて最終段階として指導力啓発に結びつけることにより、その思いが必ず市民一人ひとりに受け継がれ、市民意識ムーブメントを巻き起こすことができるのです。 またそれは、表面的なもので終わっては単なる自己満足や体裁上のことで、組織への縛りが厳しくなるだけで何の効果もありません。青年会議所の存在意義や目的を考え、その位置付けを再確認し、取り組んでいかなければなりません。「公益」とはその言葉の通り、不特定かつ多数の人々や地域の利益増進に寄与することであり、青年会議所の理念とまったく同一線上にあるということが伺えます。したがって、我々習志野青年会議所においても、これまでの運動や事業を検証し、今後のJC運動を考えていった上で、公益社団法人格の取得を目指し、その立場を確立したいと考えます。 こども達の健全な自主性を育むためには、古くから受け継がれてきた日本の文化や伝統的な精神性を正しく伝えなければなりません。それらを受け継いでこそ、日本人としての誇りや自信が生まれてくるのです。 欧米では、道徳教育が宗教を通じて学校や家庭で普通に行われています。しかし日本ではどうでしょう。日本では憲法で宗教教育が否定されていることもありますが、教育の現場では充分な道徳教育は行われていません。しかしながら、本来日本人は人に教わらなくても、祖先を敬(うやま)う念や自然や季節を慈(いつく)しむ心、物を大切にする気持ちを持ち合わせていました。それは外国の人には与えられていない日本人独特の倫理道徳観です。それが大東亜戦争の敗戦後、失われつつあります。高潔な精神性を身にまとい、伝統を尊(たっと)ぶことは自分自身の誇りにもつながります。 今一度、我々が縦軸として我々の歴史を学び、これまで受け継がれてきた伝統や文化や精神文化を検証し、その中から次代に引き継ぐ価値観を適格に選択し、次代を担う青少年に引き継いでいかなければなりません。 2008年、習志野青年会議所は創立35周年を迎えます。これまで青年会議所を脈々と築き上げてきていただいたその節目として、今一度各々が強い使命感と責任感を自覚し、より地域に根ざし、より市民の近くでその存在価値を最大限に発揮してまいります。 最後に、私は1年を通じ、現在の習志野青年会議所に満ち溢れている熱き情熱を絶やすことなく最大限に高揚させ、我々の意思を市民に発信し、次代を担う青少年に引き継いでいけるよう、自分自身に「品格」を持ち行動する事をお誓い申し上げ、理事長所信とさせて頂きます。 記事・写真等の無断転載を禁じます。 すべての著作権は社団法人習志野青年会議所に帰属します。 |
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